元旦の朝・・・って言ったって所詮今日の次の日・・・
な〜んて冷めたこと言わないで・・・やっぱりどこか違うでしょ?今日の朝。

『佐野医院の庭』はこの時期寒々としてお見せできるものがありません。
そこで、苦肉の策として『家の庭』を少しだけご紹介・・・


佐野医院の『家の庭』
佐野医院のお正月は、突然、すっかり神がかってしまって
迷信やおまじない、いろんな宗教がてんこもり。

まず、12月31日24時ジャスト・・・1月1日 0時ジャスト
大晦日の24時  即ちちょうど0時・・・過去、現在、未来の交差点
ほんの一瞬でも時間がずれると時空空間の隙間に漂って行ってしまうような、
タイムトンネルの出入り口に立つような・・・そんな空想をしてしまう
ミステリアスな一瞬、緊張した瞬間、
気合を込めてエイ!っと壁に御札を貼ります。
(自宅) (医院)
それから、氏神様にご挨拶・・・それからやっとお屠蘇で乾杯
2015年、平成27年年明けの医院玄関を飾っているのは
牡丹と孔雀の羽の額装です
牡丹は(庭の管理人の)母の染色作品 孔雀は・・・実は元々は母の振袖です。
昭和22年 母はこの振袖を着て由比から富士宮に嫁いだのだそうです。
以来、60数年タンスの中で大事に眠っていましたが、もう、さすがに
ところどころ性が抜けてしまって振袖としての役目を終えました
そこで生地を細分化し裏打ちして、米寿の席で母の三人の子供とその家族、
母の婚礼から始まった縁で結ばれた13人に配ったのです
染色の牡丹 孔雀の額装
戦後の混乱の中、早世した父親がわりの長兄がこのような美しい衣装を用意してくれ、
そんな優しい兄を末っ子の母は90歳になった今でも慕っていて、感謝をしている様子で
『ねえ、私をそろそろお家に返して頂戴、幾らなんでも長すぎる』・・・と、実家へ帰りたがります。
人は年を取ると一生のうちで一番楽しかったところへ帰りたくなるのだそうですね
そうしてみると嫁いでからの60数年は母にとっては長い、長い旅の行程、
そろそろホームシックになったという事でしょうか?
それでもお陰さまで母から始まったご縁は佐野家にも及び
またまた、その縁から始まった佐野の家族9人が母を訪ねました。
孫三人、ひ孫三人。ここは過去、現在、未来の交差点。
次は院長、義夫の父母、佐野重雄とはま子が眠る興徳寺へ初墓参り
そして最後は富士宮のお浅間さんへ初詣
神様、仏様に昨年の無事を感謝し、今年の無事を祈念して。
昔の育メンと現在の育メン
母の婚礼から始まった縁が、孫たちに引き継がれ、
そしてここでも三人がそれぞれに独立し、新しい時代を歩む新しいご縁の物語が始まりました。
人と人との出会いは不思議です。
これからも佐野医院に勤めるスタッフ、佐野医院を訪れてくださる患者様との
ご縁を大切にしていきたいと願っています。
今年もよろしくお願いします